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雪をみると思い出す-忠臣蔵についての雑感- [随筆]

子供のころ、今自分の時期になると決まって忠臣蔵がやっており、コタツで祖父と楽しみに見ていたものです。
決まって、吉良上野介は悪役で、浅野内匠頭は律儀で清廉な好青年、大石内蔵助は深慮智謀の家老として描かれておりました。しかし、大人になって思うのは、実は浅野内匠頭はとんでもない殿さま(はっきり言わせてもらえば、経営者失格のボンボン)だったのではないかと思えるのです。

そこらへんの頭のモヤモヤが「殿様の通信簿 著:磯田道史」を読んでスッキリしました。

当時の状況を考えると、朝廷の勅使を接待する典礼(将軍綱吉の生母の叙任のお礼)の儀式の重要な任務を務めていた浅野が吉良に個人的な遺恨を募らせて、江戸城の松の廊下で切りかかったわけです。

現代の会社を例示すると分かりやすいのですが、会長の叙勲祝いの式典を務めていた若手係長が先輩課長のイビリに切れて、式典の最中に会社内で一方的に殴りつけたようなものです。これは、現代で言えば、傷害罪で逮捕された上で、懲戒解雇になる事例です。

事実、浅野内匠頭は名誉ある切腹を認められましたが、浅野赤穂藩はお取りつぶしになり、500人以上いた藩士とその家族は、路頭に迷ったわけです。全て浅野内匠頭が堪忍すれば起こらなかったことです。藩主は決して、一時の感情で動いてはならず、忠孝の論理から考えても、大事な式典で刃傷沙汰を起こす彼は幕府と朝廷に弓を向ける謀反人と捉えられてもおかしくないので、むしろ罪人として斬首されなかったことが不思議なほどです。

事実、同著には江戸時代の複数の報告書で浅野内匠頭を「女色に耽溺している。美人の女性を世話する家臣を寵臣としている」、「藩政を家老に任せきりにしている」、「些細なことで女中を手打ちにした」と散々な評価を得ております。また、内蔵助も藩主の過ちを知っているのに諫めないのは真の忠実な家臣ではないと評価を得ております。

◇結び 個人的な感情で極端な行動に走ってはダメ。後世のイメージで人物を評するのではなく、同時代の書物を広く読んで判断するべき。つまり、これは現代にも当てはまるのではないかと思います。皆さんは、忠臣蔵騒動についてどう思いますか?少なくとも私は「殿様の通信簿」を読んで上記のような感想を持ちましたが、よろしければ、ご意見をお聞かせください。







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タグ:忠臣蔵
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