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やっぱりトイレって大事。 [日常]

気持ちが怒り・悲しみでどうしようもない時には、皆さんはどうしますか?
私はトイレにとりあえず行くようにしています。

◇日常のなかでの活用法
自宅でなら、トイレ掃除をするようにしています。
やっぱり、一心不乱にトイレをきれいにすると、サッパリします。
汚い部分≒心のモヤモヤではないですが、キレイになると違うものです

では、仕事場でどうするかというと、やはりトイレをを有効利用します。
用を足すと、文字通りスッキリしますよね。

便意や尿意がない場合でも、手を洗うだけでも大分違うと思います。
頭が怒り・悲しみでいっぱい、いっぱいになっている時に、
1.石鹸をつける。
2.冷たい水で手を洗う。
3.時間をかけてハンカチで手をゆっくり拭く
4.一呼吸ついてみる。
5.カガミで、自分を見てみる。

これだけでも、だいぶ違うので、お試しください。


◇戦国武将もトイレを活用していた!!
1.武田信玄
水洗トイレを使っていたことで、有名です。
また、中では高価なお香が炊かれていたらしく、側近が持ってきた国郡名で分類した書類をトイレでゆっくり読んでいたとのことです。
今でも、トイレの中で新聞を読んでいるお父さんなんかいますよね。

2.伊達政宗
午前と午後にトイレに1~2時間ほど籠っては、朝食、夕食の献立を考えていたとされる。
多分、多芸多彩な政宗が一番落ち着ける場所だったんでしょうね。
政宗というと、毒殺や暗殺に巻き込まれたり、巻き込んだりしてたんで。文字通りオアシスです。

戦国武将もストレスを抱えており、心身に気を付けてました。また、その最後も興味深いもの。
歴史フリークも以下の書籍を読んでみると別角度から、武将の個性が見れてお勧めです。
「戦国武将の養生法 著:宮本義己」



「戦国武将のカルテ 著:篠田 達明」




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キングダムだけではない!?古代中国史の『余白』の魅力について [中国史(春秋戦国)]

古代中国史は、魅力に溢れています。キーワードは、逆三角形とミステリーでしょうか?

1.逆三角形
東アジアの思想の源流になった儒学の孔子、上善如水とか無用の用とか逆に無用なものにこそ価値があると説いた老子、秦の中国の統一の基盤となる法家思想(国家による法に基づく統治)を説いた
韓非子、果ては風林火山の語源となった著作を示した孫子・・・etc

現代にわたるまで人々の価値観に与えた影響は、多大なものがあります。
これが、紀元前の思想家だから、ビックリです
(口の悪い大学時代の恩師は、中国の思想力は古代をピークに逆三角形だと皮肉ってました)

武田信玄も、西郷隆盛も彼らの思想的には、うーんと遠いお弟子さんです。

2.ミステリー
1.のような状況にもかかわらず、古代中国史にはいくつかの謎があります。
たとえば、「青雲はるかに 著:宮城谷昌光」の范雎と中国随一の名将と今日も名高い白起の関係性。
白起って、キングダムの六代将軍筆頭(しかも不敗)でも有名ですね。
范雎も宮城谷昌光先生は、18世紀のプロイセンのクラウゼヴィッツに匹敵する
と評価しています。(クラウゼヴィッツは、彼の名著『戦争論』で戦争の勝利の定義は、
最終的な係争した土地の保持したものであると説いています。)








では、白起はなぜ范雎に殺されたか?

通常考えると、そんな矛盾は起こりうるはずがありません。
なんせ、名宰相と名将ですから。

一つの仮説として、白起が当時、秦に純軍事的に対抗できた趙を完膚までに長平の戦いで
打ち負かしたので、自分の地位を脅かされることを恐れた范雎が白起を讒言したので、
そこから破滅が始まったという考え方があります。

しかし、自分が推薦した人物が失態を犯したからと潔く引退した范雎がそんな、自己保身の
ために、自国に不利益にすることをするでしょうか?
僕的にはこれだけで、ミステリー小説が一冊書けそうな気がします。

個人的には、白起が長平の戦いで捕虜にした40万人の敵兵を生き埋めのジェノサイド
したことが原因したのではと考えたのでは?と思います。

◇ただの素人の仮説
つまり、そんなに人を殺した土地を、どう考えても占領できないですよね。
戦略的に何してくれとんじゃと半狂乱の范雎が目に浮かびそうです。
また、シーザーやナポレオンが凱旋将軍の栄光の元、政治家(元首)を排斥したのと、同様に
急転して秦を武力的に制圧することも不敗の名将にも可能だと感じた。

なにより、半殺しにされた上で厠に棄てられたような人が、40万人の捕虜をジェノサイド
するような将軍を本能的に許容できるでしょうか?また、この名将は、操縦不能。
僕でも排除したくなるかも。

つまり、こんな素人に想像させる余地の空白が古代中国史にある。
それだけ魅力があるといえるのではないでしょうか?


古代中国史に知りたい方は、守屋洋先生の著作群が読みやすくておススメですよ。







古代中国史やその思想が分かると、三国志や信長の野望が百倍楽しめること太鼓判!!

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用心と覚悟について [日常]

なかなかひどい(興味深い!?)出来事に遭遇し、たまたま「三成の不思議なる条々 著:岩井三四二」と「関ヶ原 著:司馬遼太郎」での小早川秀秋の項が頭によぎったので、これを紹介させていだきます。簡単に言うと、今回のイベント企画・運営者も秀秋も用心と覚悟がたりなかったのではと。







◇遭遇した出来事について
前々から楽しみにしていたファンクラブイベントに参加しに埼玉県まで行ってきたのですが、ライブの企画中に、スマホやタブレットでアンケートをリアルタイムでとり、プレゼント用のポートレートの図柄やイベントの進行を決めるという企画があったのですが、ライブ中にWebページが開かない、開いても集計がとれないというトラブルがありました。
(MCの説明によれば、サーバーの要領には問題なく、携帯キャリアの電波占有領域オーパーによる問題だということでした。)
結局、アナログによる歓声による集計という方式をとり対応しておりましたが、観客がめいめいに自分のスマホの受信状況をMC宛に叫びだし、MCがその言動を確認しながらグダグダの進行をするという流れになり、一言で表現すると「時間と金銭の浪費」でした。

〇問題があったと思われる点
 考えてみると、この企画自体にそもそも問題があったのではないかと思うのですが、いくつか列挙します。
・用心の問題について
(1)そもそも携帯キャリアの電波占有領域オーパーは想定できたのでは?
 →ほとんどのスマホユーザーは、3大キャリアに所属しており、かつその分布にも偏りがあるのは分かるはず。キャリアごとに閲覧のURLを変えるなどの工夫は可能。
(2)ライブイベント中に携帯のスマホを開くの許容するのはどうか?
 →盗撮や録音の可能性を考えなかったのか?また、参加者同士のPASSの盗聴の可能性を考えないのか?IT関係をかじった関係者としては考えられない行為
 (3)スマホ等で集計をとる行為自体に意味があったのか?
 →集計をとるたけなら、入場時の紙集計で十分。

・覚悟の問題について
(1)スマホ等による集計がうまくいかなかった時点で代替として、他企画を前倒しするべきでは?
 →スマホいじりに参加しているわけではないです。例えば、歌声がPRポイントであれば、ライブ中止に企画を切り替えるべき。結局は、どの時点で原案を転換するかというかということ。場つなぎは、バンド演奏などでサポートするetc
(2)重大事には責任者ができるだけすばやく決断するべきでは?
 →観客に意見をMCが聞きつつ進行するのはどうか。進行を決め、責任を持つのはリーダーのみにするべき。冗長に長引かせるのは遠征組には酷だと思う。


◇これを小早川秀秋に当てはめると
「三成の不思議なる条々 著:岩井三四二」では、小早川の旧臣が「裏切りにあらず戦機をみはからっていただけ」と述懐しています。
しかし、我々は小早川秀秋には一般的には、卑怯な裏切りもののイメージが強いです。
「関ヶ原 著:司馬遼太郎」もこの説を取っています。

・用心の問題について 
(1)東軍、西軍に実質のある保険をかけるべき。
→たとえば、大阪城や京に軍勢を警護名目である程度置いておき、どちらが勝利しても係争地を確保して、差し出すことも可能では?
(2)判断がつかないのであれば、仮病を使っても京・大阪にいるべきではない。
→そもそも、秀秋の家臣の大部分は秀吉からつけられたもので、戦の経験は不足し、忠誠も期待できない。
用心に成功した例:上杉討伐が行われ帰国が命ぜられた鍋島直茂は、帰国後ただちに尾張以東の米の買い付けを命じて要所に備え、一部を宇都宮で秀忠に献上し、会津討伐が中止されて家康が関ヶ原に向って西上すると、要所の備えた米を献上した。。これが家康の心証をよくした。

・覚悟の問題について
(1)家康に信頼を得たいのなら、自分の身内を犠牲にする覚悟も。
→血を流す覚悟のないものをだれも信頼しない。
(2)決断したなら、全部をかけるべきでしょう!!
→かけるなら城ごとそっくりそのまま(By山内一豊)、妻が自害することもあり得る(by細川忠興)
覚悟に成功した例:真田家は犬伏の別れで、西軍の昌幸、幸村と東軍の信之に分裂した。しかし、東軍に残った信之のおかげで、真田の家名は明治期までつづいた。信之の哀願により、昌幸、幸村の命も助かった。


◇締めに、これだけは!!
 歴史に学ぶものは賢者、学ばないものは愚者ということでしょう。その意味でも小早川秀秋と関ヶ原は大きな示唆を後世の私たちに示していると思うのです。秀秋を我々は嘲笑できないはずです。
 さあ、戦国時代好きのあなたも11月30日発売の「信長の野望 大志」で関ヶ原の戦いにいざ、出陣。さあ、あなたは、どのように用心と覚悟を示しますか?












タグ:小早川秀秋
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信長の野望と小説(11) [歴史小説とゲーム]

このところ仕事が忙しく、昼食になると急いで社食に行くと、
月見うどんの大盛に、ほうれん草をのっけたものを、かきこむように食べることが日常になっています。(あ、日によってはかき揚げをプラスしてちょっとリッチな気分になっています)

そんな日常を重ねていると、日本一の出世男、豊臣秀吉の出世にまつわる有名な言葉「早飯大食い憂いことなし」というものが脳裏をよぎり、「俺、今秀吉っぽいな」とドヤ顔のナルシズムに浸っている瞬間があります。決して危ない人ではありませんからご安心を(笑)

でも、そのドヤ顔男も「”あるじは秀吉”収録、加藤虎之助は秀吉に侍奉公の勘どころを見た 著:岩井三四二」の一説を読み、猛反省しきりです。





なにげない、ねねの方(秀吉の奥様、高台院)と秀吉のやりとりより。

巨体をかがめて誉め言葉をうける虎之助の前で、秀吉は茄子の塩漬けを口にほうり込んだ。
「あとで褒美をとらせるでよ。楽しみにしとりゃあせ。いやあ、今日は飯がうみゃであかんわ」
そういって椀を手にすると、飯を口いっぱいにかき込んだ。
「あんまり急いで食べると、腹ごなれがようないよ」
となりにすわったねねがのんびりと言う。
「なにをとろくせうことを。飯をゆるゆると食っておいてはいくさに勝てやせんわい。早飯大食いがいくさに勝つ秘訣よ。
お虎も覚えておけ」意地になったように飯椀に汁椀の味噌汁をぶちあげ、口をつけてずず、ずずと音をたててすする。
「行儀がようないねえ」ねねが顔をしかめる。-なるほど大欲か。

このやりとりに、岩井氏の秀吉観、ねね観を見た気がします。
1.秀吉が天下を統一した要因、人の欲に大飯を食わせ、充足させ、従わせる(剛ではなく柔)
 コメント:もしかすると、黄金の茶室もこんな感じで作ったんじゃないの!?秀吉様

2.秀吉がさらなる欲を満たすために行った慶長・文禄の朝鮮出兵の発露、その結末。
 コメント:欲も過ぎると、身を亡ぼすの実証。これがなければ、豊臣政権が続いたかも。

3.「あんまり急いで食べると、腹ごなれがようないよ」から「行儀がようないねえ」ねねが顔をしかめる。につづく、ねねのおっととした言葉の奥に潜む、日常から非日常への入り口
 コメント:後世の我々は、秀吉晩年の狂騒と破滅。そして、関ヶ原・大阪の陣に至るまでの、ねねの影響力の大きさを知っています。なにより彼女が秀吉の一番の理解者であり、批判者だったのでしょう。ねね怖いよ。まじ怖い。良妻ほど敵に回すと恐ろしい・・・

そんなこんなで、僕的には今日は普通盛りでもよかったんじゃないかと、反省しております。ハイ。

◇まとめ
過ぎたるは、及ばざるがごとし。腹八文目の健康な生活を心がけましょう。
また、奥様、彼女は大事にしましょう。

そんな、自分に忠実な秀吉と怒らせると怖いねねとの、ほのぼの?戦国生活を送りたい方には、11月30日発売の「信長の野望 大志」をぜひお薦めします。今日、更新されたホームページ情報によると、秀吉の志は、「立身出世、実測検地、城取名人」とのことです。秀吉らしい秀吉ですね。











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不意に読み返したくなる本はありませんか? [中国史(春秋戦国)]

みなさんは、不意に読み返したくなる本はありませんか?
僕は、心が少し落ち込み気味な時に、何度も読み返している本があります。
「青雲はるかに 著:宮城谷 昌光」です。







この小説は、遠交近攻という歴史小説によく出てくる故事成語の語源となった秦の宰相范雎が主人公です。彼の半生は、巌窟王も及ばないというほど悲惨なものです。

◇無実の罪で厠(トイレ)へ放り出され小便をかけられるという屈辱。しかし・・・倍返しだ!!
范雎は、春秋戦国時代の魏国の出身でしたが、諸侯の間を遊説し、立身出世を目指しましたが、夢かなわず、故郷の大臣の家臣のそのまた家臣になりました。しかし、できる男だったので外交の場面で活躍します。これが、上司の嫉妬を呼び讒言により、敵国に内通したと無実の罪を被せられ、半殺し(歯を折られ、肋骨粉砕という状態)にされた上で、簀巻きにして厠(トイレ)へと放り出し、客は厠へと来るたびに范雎に小便をかけられていきました。ものすごい屈辱です。
幸運にも彼は、厠の番人に「後で礼をするから」と約束して助け出してもらい、友人に秦の国に逃がしてもらいます。
彼は、秦の国で、王よりも権力を誇っていた王母と叔父から権力を王へ奪還するのに尽力し、秦王の信頼を得ます。ちなみに、この王がキングダムの戦神の異名で有名な昭襄王です。
そして、ついに、領地を貰い応侯と名乗り、宰相に任命されます。同時代に秦には、白起という名将がいますので、ポジション的には股肱の臣とか帷幄の臣という立場です。

詳しくは、ぜひ本書を読んでいただきたいのですが、彼は厠へ放り出された魏国の大臣へ権力を使って
復讐を遂げるのです。しかも、彼は逃がしてくれた厠の番人や秦に逃がしてくれた友人にもしっかり
恩返ししております。そんな彼の態度がどうにも憎めません。


◇青雲の果てに
最後は、抜擢した秦に逃がしてくれた友人が趙国へ戦の途中に秦国へ降伏してしまい、自主的に
引退せざるを得ない状況に追い込まれます。
しかし、超法治国家の秦で連座制で殺されませんでした。(これは、秦を法治国家にした商鞅が主君の交代後に、車裂きで惨殺されていることを考えれば超異例です)
それだけ、彼は昭襄王に親愛されたのでしょう。
信長の野望で言えば、徳川家康と本多正信の関係でしょうか。


◇この小説に惹かれた理由を考えてみる
人生は理不尽の連続です。万年、ルサンチマン溜まりっぱなしです。
しかし、本書は、范雎という人生を通じて、青雲の志とその向かうところに思いをはせられるのです。
多分、みんな多かれ少なかれ空を眺めることがあるかと思います。
それは、空の向こうに憧憬を無意識を求めるからではないでしょうか?
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◇締めにこれだけは!!
日本の戦国時代にも遠交近攻策の事例はあります。
織田信長が上杉謙信と修好して、武田信玄を牽制した事例などが分かりやすいでしょうか。
11月30日発売の「信長の野望 大志」でも外交面がパワーアップしています。
”利害と感情、そして志が交錯する「外交」がテーマ”
他勢力と外交関係を結ぶことは合戦だけでなく内政、特に商業の発展に大きく影響を与える。
諸大名はそれぞれ“志”に基づいた外交方針を持ち、他勢力との交渉に関わる“心証”は、利害と感情の二軸で表現される。利害には、共通の敵がいる、通商協定を結んでいるといった状況が作用し、感情には「親善」コマンドの実行、援軍の派遣などの行動が作用する。他勢力と良好な関係を生むには、その両面を考慮する必要がある。「交渉」では、同盟や金銭・物資のやり取りから、さらには合戦の講和や降伏まで、勢力間のさまざまな取り交わしを行う。心証や国力差に応じて交換条件が変化するなど、交渉の駆け引きも楽しめる。
<信長の野望 大志ホームページ システム「外交」より>











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日常の中のひとコマに真田丸を見た [日常]

今日も一日お疲れ様です。
ささ、まずはあたたかいコーヒーでもどうぞ。
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少し落ち着いたところで、取り留めもない話にお付き合いください。
思うに、良い作品っておいしいコーヒーを飲んだ後の余韻に似ているとような気がするんです。
(フローラルって言うらしいんですが、コーヒーは飲む専門なんで、正確さには自身がないです。ゴメンナサイ。)
NHKの大河ドラマでいうと、「真田丸(脚本:三谷幸喜)」が私にとってのそれです。
特に好きなエピソードが、第45回「完封」の中にあります。
真田丸の物見櫓に立つ真田幸村(堺雅人)と高梨内記(中原丈雄)が、徳川勢を見下ろしながら交わした会話より抜粋。

幸村「壮観だ」
内記「相手に不足はございません。あちらにも赤備えがおりますぞ」
幸村「あれは井伊直孝だ、かの井伊直政の次男坊だ」
内記「井伊でございますか」
幸村「向こうにも、ここに至るまでの物語があるんだろうな」
内記「一度、聞いてみたいものですな」



幸村から今年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』へのエールではないかと、三谷氏の脚本の上手さが話題になった場面です。
でも、僕は幸村自身が、実際に頭に過ぎっただろうなと思うのです。
武田の赤備えは、武田信玄から飯富虎昌に与えられ、山県昌景に引き継げられたものです。
その意味では、武田にとっての外様衆の真田も、ましてや徳川家臣の井伊も正当な赤備えではありません。武田の赤備えの前では、真田も井伊も大差ありません。
しかし、後世の私たちは、彼らこそ、”赤備え”だと知っています。
赤備えと評されるだけの苦労、努力を経て赤備えに成ったんでしょう。まるで、将棋の歩のように。


その場面が朝の通勤時間中のひとコマに重なりました。
地下鉄の決して広くない待合室のベンチでの光景です。
教科書とノートを広げて勉強している男子高生、何やら介護関係の資格の参考書(付箋がイッパイ)を読んでいるOLさん、部活前に魔法瓶に入ったカップラーメン(!?)らしきものを大事そうに食べている女子校正、仕事場に行く途中に鞄を抱え込むように寝ているお疲れのサラリーマン(携帯のアラームの音は周りがびっくりしない程度に控えめにお願いします)

すべて、何かに成るための赤備えのタマゴのような気がして、たまらなく彼ら彼女らが、いとおしくなりました。
朝に元気をわけていただきありがとうございます。おかげで、心なしか気持ちが軽くなり、地下鉄に乗り込めました。

さて、11月30日は「信長の野望 太志」の発売日です。皆さんも「赤備え」達を活躍させてはいかがでしょう。ともかく戦国好きはこの目に、その雄姿を焼き付けなければなりません!!!











タグ:真田丸
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一日一「信長の野望大志」 [ゲーム]

共和政ローマ期の政治家であるマルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウス(大カトー)は言いました。
大カトーは元老院で演説を行うときに常に(全く関係無い話題であっても)「ともあれ、私はカルタゴは滅ぼされるべきであると思う」と末尾に付け加えました。そして、結末は大カトーの思惑通りに進むのです。

あえて言います「ともあれ、11月30日は『信長の野望大志』」の発売日。戦国好きは買うべきだと思う。」と。











タグ:ともあれ
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寝読(睡眠前読書)のススメ [睡眠]

就寝前に飲酒(寝酒)される方も多い方も多いと思います。
しかし、寝酒も過ぎると、極楽の睡眠も覚めてみれば、睡眠も浅くなり朝がしんどくなります。
そこで、私は就寝前の読書(寝読)をおススメします。
眠る前に、頭がすっきりし、明日やるべきことが整理され、気持ち良い眠りに誘わること間違いないです。(多分・・・)
ただし、注意するべき点が何点かありますので、紹介させていただきます。

1.眠る前の準備を全て済ませておくこと。
コメント:すぐに寝落ちしてしまうので。人と接する職種の方は寝る前のシャワーや入浴に気を付けましょう。経験者は語る。ここに、遠い目をしている人を発見!?

2.読む本は、事前に味見(チョイ読み)しましょう。
コメント:衝動買いした本を突然読み始めて、興奮して眠れなくなっても知りません。また、良い意味で後味の悪い作品も控えましょう。怖い夢を見ても知りません。だから、事前に味見(チョイ読み)しておくことがお勧めです。良い相棒を見つけましょう。

3.文庫本よりハードカバーの本にしましょう。
コメント:勢いにのって、全読してしまうと、結局朝になってしまうことも。そのために、めくり難く区切りを付けやすいハードカバーの本を選択しましょう。本のシワが気になる方は、ブックオフ等の中古本ショップを活用しましょう。

4.できれば、飲み物も準備しておきましょう。
コメント:真夜中の読書中に、ふと口寂しくなる時があります。その時は、虫歯や体重増加が怖いので、食べるより、飲みましょう。わたしは、ノンアルコルビールにしてます。特に炭酸で適度に腹が膨れのがGood!!





+α.部屋の蛍光色は白色よりも暖色
コメント:案外侮れない。経験者は語る。ここに、遠い目をしている人を発見!?

さて、私の寝読の相棒は「呉漢 著:宮城谷昌光」です。
かれこれ、宮城谷先生の本は10代から読んでますし、あの温かみのある文章がいい感じです。読後の感想はまた後日しますね。






そうはいっても寒い夜だから


タグ:睡眠
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信長の野望と小説(10) [歴史小説とゲーム]

「破天の剣 著:天野純希」を完読してから、なぜか体から熱が去りません。




結局、Blogにどのように書くか考えながら、ウォーキングしてたら、2時間を過ぎてました。
何だか心に響きすぎて、上手く書ける気がしないんです。
(帯に書店員が強力推薦と書かれているのもダテではありません!!)
それはともかくとして、書きたい小説なので本筋に戻ります。
この物語は、島津氏の中興の祖である島津日新斎から始まり、父の島津貴久、島津四兄弟(長男:義久、次男:義弘、三男:歳久、四男:家久)の戦国中~末期の島津氏を描いた物語です。
主人公は末弟の家久ですが、全体的には家族を描いた物語と言えるでしょう。
家久は、ある出生に関する謎を抱えたまま軍神と呼ばれるまで成長します。最後は、秀吉の九州征伐軍に破れ、豊臣軍と内通者による共謀により、毒殺されるという悲劇的な最期を迎えます。
しかし、この小説は悲しみも残るのですが、不思議と良い余韻が残るんです。
印象的なセリフをいくつかご紹介します。
1.「父上。家久にも、お言葉を」声をかけると、わずかにこちらへ顔を向け、小さく頷く。
「家久は、軍法戦術に妙を得たり」用兵の才が、傑出している。そう、父ははっきりと言った。近習が筆を走らせるのを確かめると、再び父が口を開いた。
「そして、紛うことなく我が血を引いた、いとしき孫である」父の目には、慈愛の色が浮かんでいる。島津家中興の英雄ではなく、幾多の合戦を勝ち抜いた
歴戦の古兵でもない。それは孫を慈しむ、当たり前の祖父の顔だった。それから二日後の一二月一三日、日新斎は眠るように息を引き取った。
 コメント:島津家中興の祖である島津日新斎、その後の家久の人生を宿命づける運命の言葉です。この言葉を読後に読み返すことをお勧めします。

2.「また、誰も俺の言うことを聞いてくれん。御屋形にも嫌われた。」
弟の目には大粒の涙が浮かんでいるのを見たからだ。「俺は戦の他にはなんの役にも立てん。俺から、生きる場所を奪わないでくれ・・・」
最後は嗚咽に変わっていた。孤独だっただろう。出自に加え、傑出した才のせいで他者の理解を得られない。軍才以外の多くを持ち合わせず、周囲に上手く溶け込むこともできない。
生きる場所が戦場にしかないなどと、悲しく思い定めるのも無理はなかった。もっと守ってやるべきだった。もっと甘えさせてやるべきだった。理屈ではない。
それが、兄の務めではなかったか。歳久は後悔とともに、「わかった」と吐き出した。「俺が、義久兄者にとりなしてやる。お前はここで待て。」
言うや、歳久は立ち上がった。弟の返事を待たず、陣屋を飛び出す。
 コメント:島津家の領土が拡大するにつれ、長兄の義久と末弟の家久の隙間は広がり続け、遂に対大友氏との戦で決定的な亀裂を迎えます。ただし、彼は一人ではありませんでした。確かに理解者はいました。すぐ上の兄である島津歳久です。

3.いつか戦が終わったら、大きな船を造りたかった。その船に葉や子供たちを乗せて、海の外に連れ出してやりたかった。その夢も叶えられそうにない。悔しいなあ。
俺の居場所は、血腥い戦場なんかじゃなかった。そのことが、やっとわかったのに。すまない。もう一度唱えて、家久は目蓋を閉じた。
 コメント:軍法の天才ここに死す。彼は最後に、毒殺された相手への憎悪ではなく、愛し愛された家族と海(夢)への思いに心巡らせ、生涯を終えたのです。

なんとなく物語の雰囲気が伝わったら幸いです。


この物語の家久は、国士無双の故事成語の語源となった中国前漢時代の英雄である韓信と被ります。
1.緻密な情報収集と天才的な閃きによる神がかりの軍略、2.どこか孤独をかかえている、3.軍事以外には無頓着である4、悲劇的な最期を迎えるなど
世間の多くは、国士無双の韓信を知っても家久を知りません。親友を自ら裏切り、主君である劉邦に謀殺された韓信と豊臣軍と内通者による共謀により、毒殺された家久
どちらが幸せだったのでしょうか?少なくとも家久は島津一族の愛に包まれて黄泉路に向かいました。




◇追記
「島津に暗君なし」と、俗に言われています。尚武の気風に溢れ、戦国・江戸初期・中期・幕末時代の変革期にそれぞれ名君を輩出したことからそう言われてるそうです。
幕末では、西郷隆盛を抜擢し、幕末一の賢君と言われた島津斉彬が有名ですね。、
要因としては、いくつか考えられます。
1.一説に源頼朝が祖先であるといわれるほどの鎌倉以来の名族であり、文化的な素養が高かったこと。
2.京の中央政界(五摂家筆頭である近衛家等)と独自のコネクションがあったこと。
3.地勢的に薩摩(鹿児島県)という中央政権の手の届きにくい僻地であったこと。
4.海に面した立地により海外の情報が入ってきやすかったこと。

歴代の信長の野望でも島津家は武将が軒並み能力が高くプレイしやすいです。しかも序盤から鉄砲の配備が活用できるのも魅力です。
僕は東北人ですが、11月30日発売の「信長の野望大志」を島津家でプレイしたくなりました。みなさんはどうですか?











結びに


タグ:島津家久
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特別展 伊達政宗-生誕450年記念-を見てきました。 [歴史(戦国)]

先日、仙台市博物館で開催されております「特別展 伊達政宗-生誕450年記念-」を見てきました。
やはり地元宮城の英雄の特別展は見ておかなければと、一念発起した次第です。
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仙台市博物館のホームページは、下記よりご覧ください。季節ごとに良企画が仙台で楽しめます。
URL:https://www.city.sendai.jp/museum/index.html

※仙台市博物館では、仙台・宮城県の学生へお得な割引サービスで観覧可能です。
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特別展の感想はと言いますと、ひとこと、新しい気づきと郷愁を感じた良企画でした。
甲冑(特に伊達政宗、伊達成実、片倉小十郎《ただし、2代目重綱》のそろい踏みに注目)、刀剣、茶器、その他政宗の愛用品が展示されています。全部は紹介できないので、特に、私が心ひかれたものを5つ紹介します。館内展示は撮影禁止でしたので、記憶違いはご容赦願います。
1.伊達輝宗書状 岩城殿(常隆)宛、宋林斎宛
コメント:政宗に比して、柔弱な父親というイメージを持たれがちですが岩城殿宛の書状では、織田の関東進出に対して芦名氏等を含んだ奥州連合構想を呼び掛けたり、宋林斎宛書状では、若年で政務(?)で不始末を仕出かした政宗を激励する内容です。やはり、彼も政治家であり、厳父でもあります。

2.鎬藤四郎吉光※ただし、箱のみ。刀身は明暦の大火で焼失。
コメント:豊臣秀吉から拝領した名刀。政宗は終身大事にしました。死後、徳川家光に献上されました。基本的に政宗は所領を大削減される等の嫌がらせを受けており、好印象を抱いていないと考えていてもおかしくありません。ただし、安土桃山文化の精華を文化人としての政宗に浴させてもおり、案外、父にも似た感情を抱いていたのかもしれません。

3.徳川家康領知覚書(百万石のお墨付)大崎少将宛(伊達政宗宛) 4.唐物肩衝茶入 山井 大名物 5.唐物肩衝茶入 小肩衝 大名物
コメント:歴史好きにはお馴染みの家康が反故にした百万石のお墨付きです。結局、関ヶ原の戦い後には、自力で切り取った刈田郡白石付近の2万石しか加増されませんでした。
比して、政宗がいかにも喜びそうな大名物を惜しげもなく与えるあたり、家康の狸っぷりが伺えます。
美(茶器)よりも実利(石高)というのがいかにもです。

他にも、香木(銘柴舟)や政宗愛用のキセル・初めての国産鉛筆等の日用品等が展示されていて楽しめました。

締めくくりで同館2Fにあるレストラン「三の丸」で美味しいランチをいただきました。
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私の伊達政宗の初読は、山岡壮八著の「伊達政宗」でした。ぜひ興味のある方は一読ください。





また、11月30日に発売される「信長の野望大志」でも政宗は昇り龍として大暴れしそうです。
ぜひ、皆様の手腕で伊達政宗の天下取りを実現させてみては、いかがでしょう。












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